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大阪高等裁判所 昭和44年(け)2号 決定 1969年6月25日

申立人 検察官

決  定

(請求人氏名略)

右の者らの上訴費用補償請求事件(昭和四四年(や)第一号)につき、昭和四四年二月三日、大阪高等裁判所第三刑事部がした費用補償決定に対し、大阪高等検察庁検察官より異議申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各異議申立を棄却する。

理由

本件異議申立の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事寺下勝丸作成の異議申立書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨第一点 請求人康文圭以下八名について、刑事訴訟法三六八条を適用したのは違法である、との主張について、

所論の要旨は、請求人康文圭以下八名について、いわゆる吹田騒擾事件として公訴提起された騒擾罪とこれと科刑上一罪の関係にある一審有罪となつた、暴力行為等処罰に関する法律違反等の各事件につき、検察官も右請求人らもともに控訴し、しかも検察官の控訴のみが認容された場合であるから、右請求人らについては、明らかに刑事訴訟法三六八条にいう「検察官のみが控訴したとき」にあたらずまして「その上訴が棄却されたとき」にもあたらないから、その請求は同条の要件を欠く失当なものであるのに、これを認容した原決定は違法である、というのである。

よつて、昭和三八年(う)第一九七〇号、第一九七一号、第一九七二号の騒擾威力業務妨害等事件の記録によると、請求人康文圭以下八名の各請求人の場合は、いずれも科刑上の一罪の関係にある騒擾罪と威力業務妨害罪等(請求人白光玉のみは、別件暴力行為等処罰に関する法律違反事件が付加されている)で起訴されたが、いずれも起訴事実は認められず、右騒擾罪と観念的競合にある請求人任鉄根については同時傷害罪が、その余の各請求人については、共同器物損壊を内容とする暴力行為等処罰に関する法律違反の罪がそれぞれ認められた。そこで右各請求人らは、右の有罪部分を不服として、検察官は、起訴事実である騒擾、威力業務妨害等の罪について控訴したところ、控訴審は、右請求人らの控訴は認めず、検察官控訴理由中、威力業務妨害の点のみ認め、右威力業務妨害と請求人らの控訴した右の各罪は併合罪として処断している。ところで、後記論旨第二点説示のとおり科刑上一罪の場合は、科刑の点を除けば、併合罪と同様に取扱うべきものと考えるを相当とし、前記の経過に照らすと、右請求人らの場合は、いずれも騒擾罪に関しては、検察官のみが上訴し、それが棄却された場合に該当するので、右請求人らの本件費用補償請求は、いずれも刑事訴訟法三六八条所定の要件を満たしているものと考えるを相当とする。さすれば、これと同旨の原決定には何んら所論の誤りはなく、この点に関する論旨は理由がない。

論旨第二点 法令の解釈適用の誤りがあるとの主張について、

所論の要旨は、公訴事実が科刑上の一罪の場合、一審において全部無罪又は、一部有罪、一部無罪の判断が示され、それについて、控訴がなされた場合、当事者の意思いかんにかかわらず、その一部について上訴をすれば、不可分のものとして移審の効力を生じ、その全部について裁判所は、審理不可分の原則を負担することとなる。その結果、科刑上一罪の一部について、控訴が認容された場合には、仮りに一部について排斥されることがあつても、終局において控訴は理由があり、棄却されなかつたことになる。しかして、刑事訴訟法三六八条の解釈適用にあたつては、「検察官のみが控訴した、控訴が棄却された」との要件は、形式的に解釈しなければならず、本件の場合はまさに科刑上一罪につき、被告人、検察官の双方が控訴し、しかも検察官の控訴が一部認容され、終局的には理由があり一審判決は破棄され、有罪として自判したものであること明らかであるのに、原決定は、右法条は実質的に解釈すべきであるとして、本位的一罪、併合罪は勿論、科刑上一罪の場合にも適用があり、必ずしも主文において控訴棄却が宣言される必要がないと判断したが、右は同条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこでまず、刑事訴訟法三六八条に規定する検察官上訴に関する費用補償の制度について考察するのに、この制度は、憲法三七条一項が被告人に対し迅速な裁判を受ける権利を保障しており、他方検察官に対し事実誤認、量刑不当等につき広範囲な控訴をする権利を許していることから、検察官のみが上訴をし、上訴が不当なものとして棄却されるか、又は上訴を取下げた場合には、原判決に服しようとして上訴をしなかつた被告人側は、当然に応訴を強いられ、前記の如く憲法上の趣旨は勿論のこと、それに伴う精神的、経済的な負担を負うことになるので、その不利益を補償するため、当該審級の被告人であつた者に対し上訴審の費用を補償することにしたものと解せられる。

ところで刑事訴訟法三六八条は、補償の要件として、検察官のみの上訴であること、上訴が棄却されたときの二つの要件を掲げているが、公訴の提起がなされるのは、一個の本位的一罪だけではなく、併合罪の如く数個の事実につき公訴が提起される場合も、又数個の事実でありながら行為の性質上政策的に科刑上の一罪として処理しなければならない観念的競合や、牽連犯の場合もありうるのであつて、併合罪の場合は、一審において各公訴事実につき一部有罪、一部無罪の各別の判断がされることがある。その際は主文において有罪部分と無罪部分が、それぞれ表示され、上訴は当然可分であり、検察官が無罪部分に対し、被告人が有罪部分に対し上訴がなされた場合は、刑事訴訟法三六八条は一個の本位的一罪の場合に、限つたものではないのであるから、その費用補償については、各控訴ごとにその適用の有無を考えればよいであろう。しかし数個の公訴事実が科刑上の一罪の関係にあるときは、その全部または、一部が無罪とされても、それが科刑上の一罪であるということから上訴は不可分とされ、そのうちの一部の事実についてさえ控訴理由があれば、原判決は全部破棄となり、その他の事実については控訴理由がないとされても主文において控訴棄却は宣言されない。しかし科刑上の一罪というのは本来これに相当する数個の訴因をもつて審判に付せられるべきもので、実質的に数罪でありながら、行為の態様上の特質、既判力の範囲並びに審理共通の必要性等から政策的に一罪としているに過ぎないもので、右の性格上の特質から科刑の点で処断刑の取扱方法を修正し、併合罪としての加重を行なわない場合であり、科刑の点をのぞいては、もともと併合罪と同様に取扱うべきものと考えられるところである。そして、主文の形式がいかなる形で行なわれるかは、もともと刑事訴訟上の技術的な問題であり、かような技術的な点から「上訴が棄却されたとき」の法意を、主文においてその旨の宣言がされた場合に限ると考えることは、費用補償の立法趣旨に照らして、妥当な解釈とは考えられぬところである。従つて、科刑上の一罪が右の如きものである以上そのうちのいずれかにつき被告人は控訴せず、検察官のみが被告人の控訴しなかつた部分について控訴し、右控訴が理由がないと判断されれば、それがたとえ理由中においてなされていても、その部分について被告人の要した控訴費用に関し、費用補償の救済が与えられねばならない。これと同趣旨の原決定には、なんら刑事訴訟法三六八条の解釈適用に誤りはないので、この点についての論旨も又理由がない。

論旨第三点、不可分の上訴費用を分割した違法があり、且つその基準が正当でなく理由不備であるとの主張について、

よつて、案ずるに、前記記録によれば控訴審において生じた費用は、前後二七回に亘る公判審理と一回の現場検証によつて生じたものであり、その審理は主として騒擾罪の成否に関してなされ、その際これと科刑上の一罪の関係にある控訴審で有罪判決のあつた威力業務妨害と論旨第一点の各請求人らの控訴した暴力行為等処罰に関する法律違反等の事実が含められて審理されている。これは騒擾罪の性格、及びその事案の内容が複雑多岐に亘つており、且つ検察官の控訴申立の重点が騒擾に置かれ、控訴審における弁論、事実取調べの内容も、右控訴理由に関する部分が重要なところであつたことによることが認められる。そのため原決定が各公判期日ごとの費用を個別的に分けることなく、全費用の関係において、騒擾罪とその他の罪の審理の割合を考えて基準を定めたことは、妥当な方法であり、その算出した論旨第一点の各請求人に対し一〇分の八、検察官のみが控訴したその余の請求人に対し一〇分の九とした基準も本件控訴審における審理の経過に徴し肯認しえないものではない。所論は科刑上の一罪であるから費用は当然に不可分なものであると主張するけれども可分にすることが困難であるということはあるにしても、可分なものであることは前説示に照らし勿論のところである。そして弁護人に対する費用、請求人らの旅費、日当等の各費用の算出についても妥当なものであるので、各請求人に対する費用補償の範囲額の認定は正当なものというべきである。この点に関する論旨も理由がない。

よつて、本件各異議申立は、理由がないので棄却することとし、刑事訴訟法四二六条第一項により主文のとおり決定する。

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